「第九夜」


 日曜日の歩行者天国。雑踏の中、歩道の模様を飛び石に見立てて私は夢中で歩いていた。
 いつものビルの角を左に曲がったとたん潮風が鼻孔をくすぐった。
 あれっ、前を見ると景色が海になっていた。
 誰もいない砂浜、目の前で白い麦わら帽の子供がおぼれていた。
 私は思わず手を伸ばした。
 弱々しい手が私に触れた。
 まだつかめない。
 海に入った。生暖かい水がひざまでぬらした。
 手を伸ばした。
 小さな手に触れたとたん、強いうねりの中に子供は消えた。
 青い海の中に白い麦わら帽が静かに浮かぶ。
 ふと我に帰ると、そこは人込みの中。
 行き交う人々は何も気付かないかのように歩いていく。
 私の手には、あの弱々しい子供の小さな手の感触がいつまでも残っていた。
   

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